秋元康が大島優子をセンターにしない理由?

大島優子はAKBの第2期メンバーオーディションで見事合格し、AKB入りを果たします。

そこから、大島優子はチームKのセンターとして活躍してきました。
しかし、大島優子にはAKBのメンバーの中で最大のライバルと言われる存在がいました。
それが、第1期のメンバーであり、チームAのセンターを務めていた前田敦子でした。
いつからか、前田敦子と大島優子はAKB48のツートップとしてライバル関係とみられるようになりました。
AKB選抜総選挙ではセンターの座を争って二人は戦いました。
しかし、その他のシングルCDでは前田敦子がセンターを務めていました。
前田敦子と互角の人気を誇る大島優子はなぜセンターになれなかったのでしょうか?
それは、秋元康のある理念からだったようです。
いったいどういうことなのでしょうか?
検証してみましょう。


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秋元康が大島優子をセンターにしない理由?

AKBの顔と言えば、「前田敦子」でした。
常にシングルCDではセンターを務め、センターポジションに前田敦子がいるのは当然といった感じでした。
しかし、AKB48は2009年から「AKB選抜総選挙」というものを開催することとなりました。
その理由は、秋元康へのファンからの抗議からでした。
「どういった基準で選抜メンバーを決めているのか?」「お気に入りのメンバーを選んでいるだけなのではないか?」とファンから言われることが増えてきてしまったそうです。
そこで秋元康が考えたのは、「ファンの方に選抜メンバーを決めてもらおう」というものでした。
そこから、AKB選抜総選挙が誕生したのです。
今までのアイドルにはなかったイベントに、メンバーやファンは戸惑いを隠せませんでした。
しかし、秋元康はやると決めたらやる男です。
メンバーやファンの気持ちはさておき、AKB選抜総選挙は開催されることとなりました。
そこで、今まで明らかにならなかったアイドルの人気を順位化されることとなりました。
前田敦子はAKB選抜総選挙が始まる前からセンターを務めていたため、誰もが1位になるだろうと予想していました。
その予想通り、前田敦子は高い人気があり、第1回目で1位を獲得することになるのですが、前田敦子と互角の戦いを見せたメンバーがいました。
それが、大島優子でした。
大島優子はそれから、前田敦子のライバルとして明確に位置付けられることとなりました。
大島優子はその高い人気から、一度前田敦子からセンターを奪還しています。
そうして大島優子初めてのセンター曲となったのが「ヘビーローテーション」でした。
この曲は大ヒットし、今でもAKBの代表曲の一つとして位置づけられるほどの人気を得ました。
大島優子がセンターを務めた曲が大ヒットしたにも関わらず、その後のシングルのセンターに秋元は前田敦子を起用し続けました。
結局、大島優子が単独センターを務めた曲は、選抜総選挙で1位を獲った時の曲である2曲にとどまりました。
なぜ、秋元は大島優子ではなく、前田敦子をセンターに起用し続けたのでしょうか。
それには、AKB48というグループのコンセプトがありました。
AKBのコンセプトは「素人だった少女たちをファンの手によって育てるもの」ということでした。
そのため、子役時代から芸能界で活躍してきて、ダンスも歌も演技も上手な大島優子は、秋元の目には魅力的に映らなかったようです。
その一方で、前田敦子は不器用で気難しい、不思議な魅力を持っていて、どこか放っておけないようなところが、AKBのコンセプトには合っていたようです。
そのため、秋元康は前田敦子をAKBのセンターに起用し続けました。
秋元はよく大島優子に「お前は損だ」と言い続けてきました。
「スキルが元々高い人間は、普通に変わったくらいでは変わった感じがしない。」
この秋元の言葉に大島は悩み続けたそうです。
どこを伸ばせば、自分は認めてもらえるのか、と悩み苦しんだ時期もあったそうです。
しかし、大島優子が悪いわけではありませんでした。
ただ、大島優子のキャラクターはAKBのセンターになるキャラクターではなかったということ、それだけなのです。
しかし、だからと言って、大島優子がAKBに必要ないと言うわけではありませんでした。
秋元は、AKB48と言うグループはいろんな子がいて、化学反応が起こって、いいものを作り出せる、と語っています。
そのため、大島優子のようなキャラクターもAKBには必要不可欠な要素なのです。
それが分かってからは、大島優子は気持ちが随分楽になったようです。
秋元康が大島優子のことをセンターにしないという理由から、嫌いなのだという噂も流れた事もありましたが、それは違ったようです。
秋元康が大島優子をセンターにしない理由は、AKBのコンセプトに合っているのは前田敦子の方だったという理由からだったようです。
誰をセンターに持ってくるかというのは、プロデューサーである秋元の腕前が試される場面でもあります。
秋元が前田敦子をセンターに起用し続けたことが、AKBをここまで大きなグループにすることが出来た一つの要因だと思われます。
そう考えると、秋元の判断は正しかったと言ってもいいのかもしれません。


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