〝ポスト前田敦子〟は存在した?一人の少女の壮絶な物語とは?【前編】

「私前田敦子は、AKB48を卒業します」
ーこの発表があってからまる3年が過ぎました。
今や国民的アイドルグループとなったAKB48にとって、前田敦子ほどの功労者はいないと思われます。
〝パンツ見せ集団〟と言われていたデビュー時代、レコード会社から契約を打ち切られた時代…こんな暗い時でも、ただグループのセンターに立って引っ張り続けてきたそのメンタルは、今や強靭なもの。
AKB48のオーディションを受けるメンバーの中には、未だに前田敦子に憧れてオーディションを受けたという新人も少なくはありません。
ですが、〝ポスト前田敦子〟という人物はなかなか聞いたことがないのでは?
今では〝ポスト前田敦子〟の名がすっかり薄れてきましたが、NMB48のメンバーに〝ポスト前田敦子〟は確かに存在しているのです。
秋元康も太鼓判を押した、その人物とは一体誰なのでしょうか…?


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〝ポスト前田敦子〟はNMB48の〝4.5期生〟?デビュー当時の様子とは?

「まるでデビュー当時の前田敦子にそっくり」
関係者やファンが口を揃えて話す、〝ポスト前田敦子〟とはNMB48の4.5期生・城恵理子。
4.5期生…?これは後編で説明しますが、城恵理子はもともとNMB48の2期生として2011年にグループに加入しました。
2011年に受けたNMB48第2期生オーディション。彼女はこのオーディションで、〝前田敦子さんみたいになりたい〟と語りました。
アイドルだけではなく、女優といしても幅広く活動する前田敦子のようになりたい城恵理子は、母親のアドバイスで〝前田敦子さんに憧れているんなら、このNMB48に入ってアイドルになったら?〟と勧められたそうです。
オーディションでは多くの受験者が積極的に自分を売り込んでいく中、城恵理子が選択したのはAcid Black Cherryの楽曲。
しかも、〝真顔でサービス精神ゼロ〟なところが、審査員を務めていた秋元康の目に止まったといいます。
その姿は、若干12歳ながら肝が座っていたといいますから…その当時の映像があれば見てみたいですよね!
秋元康曰く「松井珠理奈を見たときのような衝撃」。
松井珠理奈といえば、オーディション当時から〝10年に1人の逸材〟とまで言わしめた期待のルーキーとして注目を浴びたメンバーです。
そんな松井珠理奈を見た時と同じ衝撃…城恵理子は完全に秋元康の〝お気に入り〟となったのです。
これまでも、前田敦子や松井珠理奈、指原莉乃などが秋元康の〝お気に入り〟と言われており、秋元康に気に入られたメンバーはシングル選抜やメディア露出も優遇される、まさに推され街道が約束された存在といっても過言ではありません。
この〝秋元康のお気に入り〟の輪に入った城恵理子ですが、これは逆にアンチを量産してしまうことを意味しているのです。
期待値が高い分、デビュー前から彼女にとってプレッシャーの日々が始まりました。

デビューからチームMセンターまでの順調な道のりに、城の気持ちは追いつかなかった…?

秋元康から太鼓判を押された〝ポスト前田敦子〟の城恵理子。
オーディション合格後のお披露目から間もないころ、城恵理子はAKB48の西武ドームコンサートにて「ロマンスかくれんぼ」をソロで披露したのです!
この日の西武ドームの観客数は3万人。
声は不安定ながらも、その初々しさからデビュー当時の前田敦子を彷彿させる魅力がありました。
しかも、あまり緊張もしなかったとか…こういう肝が座っているところが、アイドル、いや芸能人にとって重要な部分なんですよね、きっと。
西武ドームでの鮮烈なソロパフォーマンスを終えた城恵理子は、その1ヶ月後にNMB48の2期生公演「PARTYが始まるよ」の初日公演に挑みました。
メンバーを代表して挨拶をするなど、2期生のなかではエース格の扱いを受けていた城恵理子は、この(お下がり)公演のポジションも前田敦子が勤めていたポジションに。
まさに運営サイドからの期待の表れでした。
NMB48の2枚目のシングル「オーマイガー!」では初の選抜メンバー入り。
CDジャケットでは山本彩・山田菜々と並んで3ショットという、実質3番手の好ポジション。
またダンスフォーメーションでもただ1人目立つ位置に。
これには秋元康も、城恵理子をあえて目立つ位置に置いておくことで彼女がどう化けてくれるのか期待していたと話していました。

このように、デビュー当初から〝運営推し〟だった城恵理子は、憧れの前田敦子に一歩でも近づくために必要なこと…総選挙で結果を残したいという思いが強くなっていきました。

ところが、恒例の握手会では同期の與儀ケイラ、谷川愛梨らに部数で負けてしまい、実人気が上がってこない苦しい展開に。
特に、〝運営推し〟が強かった城恵理子にとって握手人気が出ないことはアンチにとって格好のネタに。
〝握手人気が上がらないのにここまで推されているのはまるで依怙贔屓だ!〟などと言われ続けました。

城恵理子は中学生、純粋で無邪気な姿が彼女のセールスポイントでした。
反面、ダンスが一番の苦手分野であり他のメンバーと比べられることも非常に多かったといいます。

前田敦子も、〝省エネダンス〟と呼ばれるくらい激しいダンスが苦手。
この姿も、憧れの前田敦子と重なる城恵理子ですが、ファンは城恵理子に〝ポスト前田敦子〟になってほしいとは望んでいなかったのです。

矢倉楓子、村上文香などの同期メンバーが頭角を現し、チームMのセンターを務める城恵理子にとってだんだん肩身の狭い状況になっていったのです。

そして挑んだ初めての総選挙…城恵理子は圏外に終わりました。
チームM、NMB48の2期生を代表するものとして必ずランクインしたかった城恵理子はどん底の淵に叩きつけられたのです。

この総選挙が行われる直前には、憧れの前田敦子がAKB48の卒業を発表。
目標とする人物もいなくなってしまう…城恵理子にとって夢と希望が一気に絶たれた時期になったのです。

そして彼女はNMB48を去る決意をします。
名目は〝学業優先〟ということでしたが、その前後にはSNS上で病んでいるような投稿を何度も行っており、精神的に大ダメージを受けていることは明らかでした。

ここで〝ポスト前田敦子〟は一度、そのステージを降りることに…。
城恵理子がグループ卒業から、再びNMB48に復帰するまでどんな心境の変化があったのでしょうか?
また、彼女は憧れの前田敦子に近づくことはできるのでしょうか…?
次回の記事に続きます。


AKB48グループ東京ドームコンサート 〜するなよ?するなよ? 絶対卒業発表するなよ?〜


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