レモンの上にも三年?市川美織の再ブレイクの理由とは?

「フレッシュレモンになりたいの〜!」
というキャッチフレーズでおなじみのNMB48・市川美織。
彼女は2010年にAKB48のオーディションに合格し、アイドル生活はこの春で6年目を迎えます。
AKB48の10期生として加入した市川美織は、同期の中では2番目に正規メンバーへ昇格を果たしたのですが、研究生時代から人気は非常に高いメンバーでした。
その証拠に2011年、正規メンバーへ昇格内定が出ていない研究生としては唯一『マジすか学園2』のレギュラーに抜擢された過去を持っているのです。
これまでにない不思議ちゃんキャラ、また小柄で小顔という妖精のような風貌で先輩メンバーやスタッフから可愛がられ、たとえ彼女を単推ししていないファンでも知らない人はいないくらいの存在感でした。
市川美織はそのフレッシュレモンというキャッチフレーズを21歳になった今でも徹底して使用しているのですが、一時はこのキャラ設定に悩んでいた時期があったそうです。
彼女の何が、フレッシュレモンキャラを続けさせるのでしょうか?
今回は市川美織のある過去から、その不思議キャラの徹底ぶりについて考察していきたいとおもいます。


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フレッシュレモンってそもそも、何?

市川美織の〝なりたい〟フレッシュレモンとは一体何なのでしょうか?

本人曰く、最初はキャッチフレーズが何もなかったそうですが、当時自分の中で〝フレッシュレモン〟という言葉が流行っていたらしく、〝大きくなったら何になりたい?〟と聞かれた時に「フレッシュレモンになりたいの〜!」と言っていたらそのままキャッチフレーズとして定着してしまったそうです。
そのフレッシュレモンとは、

  • アイドルの最終形
  • 最終形に一番近いのは前田敦子

ということなんだとか。
市川美織曰く、スーパーで山積みになっているレモンを見たときに、頂点のレモンを見て〝自分もあのレモンのようになりたい〟と思ったといいます。
なんか、すごい独特の感性ですよね!
本名の市川美織、にちなんだ名前で呼ばれることはあまりないといい、秋元康にも「レモンちゃん」、先輩メンバーにも「フレッシュレモンちゃん」と呼ばれるようになりました。
その時点で、唯一無二の存在ですよね!
「フレッシュレモンになりたいの〜!」という独特なキャッチフレーズを、あの独特な振りで決める市川美織には、もうフレッシュレモン以外のイメージはつかないくらいのキャラ付けになったようです。

フレッシュレモンに悩んでいた?

研究生時代からフレッシュレモンという不思議ちゃんキャラになっていた市川美織ですが、彼女が研究生から正規メンバーへ昇格を果たした2011年に〝このキャラでずっといくつもりなのか〟と悩んでいた時期があったようです。

この年、市川美織は初の参加となった第3回選抜総選挙で第39位にランクインし、見事アンダーガールズの座を得る快挙を果たしました。

壇上では「フレッシュレモンをやらせてください!」と言い、大勢のオーディエンスの前でお決まりの「フレッシュレモンになりたいの〜!」のキャッチフレーズを披露しました。

彼女は自分を客観視した時に、フレッシュレモンというイメージが強いことを理由に〝一発屋と思われているのではないか?〟〝自分にはフレッシュレモンしかないって思われているのではないか?〟と思い悩んだそうです。

行き着いた先は、〝どうせそう思われているなら徹底しよう!壇上であのキャッチフレーズをやろう!〟という結論。だからこそ、あの壇上でのキャッチフレーズの振りに繋がったのですね。

ところが、先輩メンバーの峯岸みなみからは「キャラを超える実力をつけていかないと今後は厳しい」と釘を刺されたといいます。
言われなくても、一番にそれを理解していたのは市川美織本人だったようで、今後の方向性を峯岸みなみに相談する場面も。

それでも翌年、市川美織が18歳を迎えた年にはメンバーからも「18歳はフレッシュじゃないよ!」と突っ込まれながらも、自分の認知度はまだ低いので今後もフレッシュレモンを徹底する!という決意を固めました。キャラに迷いはなかったかに思えましたが…。

第4回の選抜総選挙、39位から58位に大幅ダウンしてしまった市川美織は、このレモンキャラを続ける自信を一度失いかけたのです。
〝私はチャンスを逃してしまっている気がする〟〝未来がわからなくなった〟
…そんな弱気のコメントをするぐらい、市川美織はレモンキャラの進退について迷いがありました。
実際にこの年を振り返ると、ネットの掲示板でも〝フレッシュレモンの時代はもう終わっている〟と言わんばかりの書き込みがちらほら散見されたとおもいます。

ファンや同期メンバーの励ましを受けて、フレッシュレモンのキャラを継続していくことを再度決意した市川美織。
彼女のこの決意が、時が流れるにつれ運を舞い込んでいくのです。

フレッシュレモンで有名に!市川美織に舞い込んだ仕事とは?

市川美織が徹底したレモンキャラは次第に世間にも認知されるようになりました。彼女の思いがようやく実を結ぼうとしていたのです。
そして2014年3月、JA広島果実連より『広島レモン大使』に任命されました。
広島県はレモンの生産が日本一として知られますが、市川美織のレモンキャラを生かした製品も続々と商品化され、今でも注目を集めています。
ある意味、〝レモンの頂点〟にまで登りつめた市川美織。
ちなみに彼女の座右の銘は『レモンの上にも3年』。

まさに、フレッシュレモンを続けようか悩んでいた2011年の3年後、2014年にようやく花が開いた市川美織にぴったりの座右の銘ですね!

フレッシュレモンはなぜ諦めきれなかったのか?

もともと、世間の認知度を広めるためにフレッシュレモンを徹底していた市川美織ですが、実は彼女の過去から〝諦めない精神〟が生まれたのではないかと推測されます。
それは、彼女がAKB48に入る前の話。
彼女はその昔、大手芸能事務所のスターダストからスカウトを受けた過去を持っています。スターダスト所属の有名人といえば、ももいろクローバーZなどですよね。
スターダストに所属していた4年間、なんと100回以上のオーディションを受け続けたことがあったそうです。
オーディションには母親も付き添ってくれるも、結果は出ず…市川美織は事務所を退所することになりました。
その後、別の芸能事務所からスカウトを受けるも、のちに契約を打ち切られたそうなんです。
芸能界に足を踏み入れたのはAKB48が初めてではなく、なんと3回目というから驚きです。
そういう苦労話を持つ市川美織が、レモンキャラを中途半端に投げ出す理由なんてないですよね!

『レモンの上にも3年』ーこの言葉が市川美織を導いたように、他のメンバーも腐らずに頑張り続けて欲しいと願うばかりです。

 


AKB48グループ東京ドームコンサート 〜するなよ?するなよ? 絶対卒業発表するなよ?〜


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