篠田麻里子は幼少期から大人だった?AKBへの加入秘話?

篠田麻里子はAKB48グループの中で最年長メンバーとしてグループ全体を引っ張ってきました。
彼女は「マリコ様」とあだ名がつくほど、後輩や同期からも尊敬され、慕われてきました。
そんな篠田は幼少期からそんな大人なキャラクターだったようです。
彼女の幼少期はどんな幼少期だったのでしょうか?
また、篠田のAKBに入ったきっかけは他のメンバーと異なるものがありました。
篠田はただ一人「1.5期生」だと、自他共に認めています。
1期生でもない、2期生でもない、1.5期生とはいったいどういうことなのでしょうか?
彼女の幼少期とデビューにいたるまでの秘話を探ってみました。


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篠田麻里子は幼少期から大人だった?

篠田麻里子の出身地は福岡県となっていますが、幼少期は引っ越しが多かったらしく、住居地は転々としていたそうです。
しかし、福岡県での生活が一番長かったことから、出身地は福岡県と公言しています。
篠田麻里子はそのため、転校することが多く、人に対しても、適当な距離を持って接することが多くなっていったそうです。
そのため、小さいころから大人な性格だと言われることもあったそうです。
人との出会いと別れを小さい頃から繰り返してきた篠田は、「この人ともいつか別れが来るんだろうな」と思いながら付き合っていたそうです。
そんなことを思うようになっていたのは、なんと幼稚園の頃からだったそうです。
篠田麻里子はAKB48の中で最年長だったため、AKBのメンバーの中ではお姉さん的な存在でしたが、篠田の大人な対応は最年長だったからという理由だけではなく、こういった小さい時からの環境がそうさせていたのかもしれません。
幼少期の生活環境は現在にも影響を与えているらしく、周りのメンバーの「ふるさと感覚」は全く理解できないそうです。
しかし、それだけ各地を転々としていれば、理解できない理由もなんとなくわかる気がします。
幼いころの転校が多かった影響から、人と別れる時は、涙を流さなくなっていたのだそうです。
あまり人と深く付き合うことはしなくなり、ポーカーフェイスになっていったと言います。
その理由は、あまりにも仲良くなりすぎると、そのあとすぐに来てしまうであろう別れの時が寂しくなるからだったのだとか。
しかし、切ない影響ばかりではありませんでした。
転校が多かったため、人とはすぐに馴染めるタイプのようで、現在でもその性格はプラスに働いているようです。
篠田麻里子はAKBの中で基本一人でいることが多かったそうですが、特に、特定の誰かと仲良くするというよりは、いろんな子と話が出来たり、仲良く出来たらいいなと思うタイプだったようです。
そういったAKB内でグループや派閥を作らない性格が、当時のAKBを一つにし、良い影響与えていたのかもしれません。

AKBへの加入秘話?

篠田麻里子はAKB48では中心メンバーとして活躍をしてきました。
AKB48は加入した時期に応じて、1期生、2期生…といったように名前が付きますが、唯一、篠田麻里子だけは、1.5期生という名前がついています。
これは一体どういうことなのでしょうか。
2005年に行われた第一期生オーディションに参加した篠田麻里子は最終審査まで残ります。
そして、最終審査で歌った歌は中島みゆきの「悪女」だったそうです。
この曲を選曲した理由は歌い出しが「マリコの部屋へ」だったためだったのだそうで、このことに対して、秋元康からは「それ狙いですか?」と突っ込まれたのだそうです。
この選曲をしたのも、自分の名前やキャラクターを印象づけるのが狙いだった篠田麻里子は秋元から注目をしてもらって、必ず受かると思っていたそうです。
その確信の裏には、当時一緒にオーディションを受けていた佐藤由加里はその時まだ田舎っぽさが抜けていなかったり、高橋みなみはおばさんっぽい容姿をしていたためだったのだそうです。
それに比べると自分の容姿に自信があった篠田は必ず受かると思っていたにも関わらず、合格発表の際に、自分の名前が呼ばれなかったことにかなり驚いたそうです。
その後、AKB48のオーディションには落ちたものの、劇場に併設されるというカフェで働くことを打診されます。
オーディションに落ちて悔しい気持ちのあった篠田はカフェで働くことを決意します。
カフェでは毎日のように12時間ほど立ちっぱなしの仕事をしていたため、AKBの活動よりも辛かったと、振り返っています。
今や中心メンバーとして活躍して人気を誇っていた篠田が、当時、AKBは全くの無名だったため、お客が入らず、チラシ配りをしていたそうです。
そんな毎日が約、一か月半ほど続いたのだそうです。
次第にAKBファンの間で篠田のことが「可愛い」と話題になり始めます。
その噂を聞きつけた秋元康は、篠田がいきなりステージで踊っていたら面白いと思ったらしく、篠田に「AKBのメンバーになるか?」と声をかけます。
すると、もちろんアイドルになるために状況してきた篠田は了承します。
しかし、4日後にステージに立たせると言われた篠田はそれからは喜んでいる暇もなく、必死で全曲の振付を覚えたのだそうです。
AKBのメンバーにも内緒でステージに立つということで、AKBのメンバーとは時間をずらしてレッスンに励みました。
そして、見事篠田はAKBファンの後押しで、AKBのメンバーに加入することとなりました。
もし、AKB併設のカフェで働くことを断っていたら、今の篠田の姿はないのだと思うとすべてが運命的に回っていたのだと思えます。
そして、悔しい思いをバネにして、一生懸命カフェで働いている姿をしっかりと見ていたファンがいたのです。
それから、篠田麻里子は安定した人気を誇るAKBを支える中心メンバーとして活躍していくこととなりました。
篠田麻里子は、AKBで唯一、オーディションに受からずに加入したメンバーとなります。
篠田麻里子自身、AKBと関わって、運が良いことが続いたと話しています。
その運を引き寄せるのも、篠田の努力あってのことなのでしょう。
そんなたくさんの魅力が詰まった篠田麻里子は今後も多方面で活躍してくれることでしょう。
応援していきたいものです。


AKB48グループ東京ドームコンサート 〜するなよ?するなよ? 絶対卒業発表するなよ?〜


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