あの大人気ブログを書くのは辛かった?!5年後に語られる指原莉乃の本音とは

48グループのメンバーにとって、切手も切り離せないのがSNSの存在。今では多くの芸能人がブログやTwitterのアカウントを所持している中、48グループのメンバーが参加しているSNSは、公式ブログや有料のメールサービス、Google+やTwitter、インスタグラムにトークライブアプリ755(ナナゴーゴー)…と多岐に渡ります。彼女たちがなぜそこまでしてSNSに積極的に参加をするのか?それは、自身の告知や近況報告だけではなく、一般のファンとのやりとりを繰り広げることでファンの獲得に力を入れているからでもあります。普通に活動していれば、テレビ出演も出来ないような劇場公演が主のメンバーも存在しているのですが、彼女たちがアピールできる場所というのはこういうSNSに限られてしまうわけです。特に、若手メンバーになればなるほどSNSに力を入れている様子がよくわかります。
そして、このSNSでブレイクしたメンバーも多くいます。その代表例が、指原莉乃です。彼女は公式ブログを開設してから一躍人気メンバーの仲間入りを果たしたわけですが、実は最近指原がブログを書くことが苦だったと本音をもらしました。今ではTwitterや755を積極的に更新し続ける彼女ですが、一体どういうことなのでしょうか?


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公式ブログ『指原クオリティー』開設に至るまでの経緯と本人の意思

指原莉乃は2007年秋にAKB48のオーディションに合格し、研究生期間を経て翌2008年に正規メンバーへ昇格しました。昇格後、シングル曲の選抜メンバーに選ばれることはありましたが今のように安定した立場ではなく、選抜メンバーとアンダーガールズを行ったり来たりするような、いわゆる〝ボーダーメン〟の存在でした。
そこで指原莉乃に転機が訪れたのは2009年に打診された、太田プロダクションへの移籍オファーです。太田プロダクションには当時、エース格の前田敦子や大島優子、小野恵令奈が在籍しており、太田プロに移籍すれば〝勝ち組〟とまで言われるほどの大チャンスを手にしたのです。
移籍後ほどなくして、指原莉乃は自身の公式ブログ『指原クオリティー』を開設しました。このブログ名は、指原のキャッチコピーである〝あなたの指原クオリティー、覚醒!〟からきているものです。ちょうどこのころ、同事務所の前田敦子や大島優子などこぞって公式ブログを開設しており、アメーバブログの訪問者も劇的に増えていったのです。
これまで有料メールサービス(通称・モバメ)でしか発信源のなかった指原莉乃は、自分の公式ブログ開設をのちにこう語りました。

『これはチャンスだと思いました。モバメが好評だったので、これしかないと。ブログを始めてから、毎日が楽しくなりました。今でも一番大事だと思っています。何も無かったところに、新しい取り柄が出来ました。公演もそう多くなかった時期だったから、ブログを書くしかなかったんです。始めた初日、秋元先生から〝面白い〟ってメールが来たんですよ。褒められたの初めてだったんです。ネタがない事もあるんですけど、待ってくれている人がいる。そう思えば書けるんです。』

このコメントから、彼女がブログを書くことに自信も覗かせていることがよくわかります。
〝彼女がブレイクしたのはこの公式ブログがきっかけ。〟…というのは表向きの話であり、実際は太田プロダクションへ移籍したことで仕事も増え、事務所の力で〝ゴリ推し〟路線に乗ったと関係者の間で言われ続けています。まぁそこは大人の世界なので…。
そういう事情が絡んでいなかったとしても、指原莉乃のブログは非常におもしろく、写真も少なければアイドルらしからぬ内容のブログなので、それが逆にウケが良かったのです。なんにしても、指原は〝持ってる〟んですね…!
では、彼女が自分のチャンスだと言っていたブログが、なぜ苦になったというようになったのでしょうか…?

5年後に語られた本音!ブログを書くのが辛くて悲しかった?

2015年、HKT48の冠番組でのコーナーで、指原莉乃がメンバーの悩みに応えていく〝さしのうどん〟において、あるメンバーの〝もうすぐ18歳になるので、そろそろ路線を決めたい〟と指原莉乃に打ち明けました。この時に、指原莉乃は自分が18歳だった5年前の当時の思いを振り返り、ここで語られた正直な思いがメンバーやファンに衝撃を与えました。
指原莉乃が18歳になる年は、まさに公式ブログをオープンさせたころ。事務所の移籍や総選挙での快挙もありました。『初めて冠番組をやった頃だったな』と、当時の自身の18歳の頃を思い出していました。
さらに指原は自身の転機を、『ブログをやっていた頃』と思い当たる一方で、『ほんとに頭がおかしいくらいブログをやってた。1日100回とか書いてたのが18歳のころ』『辛かった!毎日、悲しかった!なんで、私はこんなにブログを書いているんだろうと、毎日思った』などと、意外な思いを打ち明けました。
ちなみに1日100回は番組での企画なので指原の意思でやっていたわけではありませんでしたが、もともと自身の書くブログが好評だったからこそこの企画のオファーがあったから。そこはプラスに考えてもおかしくはないはずなのに、指原莉乃がなぜブログを辛かったと話すのでしょうか?
それは、自身のブログ人気が〝一人歩き〟していることで、ブログに期待されることのプレッシャーや、自身のブロガーとしての考え方に葛藤を抱いていたといわれています。当時、前田敦子に食事に誘われたことを〝緊急〟〝詳細は後ほど〟と記事にした後に、〝前田さんのことをブログのネタにしようとしている自分〟に、ブロガーとしての嫌気がさしたことを明かした過去がありました。
そして、ブログが注目されたことでメディアへの露出が一気に増えたのですが、これに反発を覚える一般視聴者から誹謗中傷を受けるようになったのもこの時期(18歳)です。アンチが増えるのは人気メンバーだからこその付き物のようなものですが、当時の指原莉乃はメンタルが弱かったせいかブログでもよく病んでいるような内容の記事をあげていました。今となっては、自叙伝を出したりアンチと口論を繰り広げるまでにメンタルは強化されているのですが、ブレイクするにあたって相当過酷な戦いを強いられていたようです。

かつての前田敦子や板野友美は、AKB48在籍時代はブログのコメントを一切見ていなかったといいます。この二人も、指原莉乃と同じようにアンチが非常に多いメンバー(裏を返せば非常に人気が高いメンバー)だったので、それを理解した上でブログのコメントに目を通さないようにし、メンタルを管理していたのでしょう。
指原莉乃の場合は、自分自身がアイドルファンをしていた経験があることから、ファンからの視線も非常に気にするタイプなのかもしれませんね。

公式ブログ〝指原クオリティー〟は2013年10月のエントリーを最後に更新がストップしていますが、今でもコメント欄には多くのファンからメッセージが寄せられています。指原莉乃のペースで、またブログが再始動してくれる日を期待したいです!


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