秋元康の心を動かした、宮脇咲良のある思いとは?

HKT48の第1期生で、AKB48のシングル•希望的リフレインではエースの渡辺麻友とWセンターを務めた人気急上昇中のメンバー•宮脇咲良。彼女は、かつての大島優子と同じように子役上がりという実力の持ち主で、自身の歌唱力にも自信を持っているにも拘らず、HKT48においては兒玉遥や田島芽瑠、朝長美桜にセンターの座を奪われていることから〝不遇のエース〟と言われています。HKT48の〝生え抜き〟のメンバーでダントツの人気を誇り、選抜総選挙においては誰にもその人気を抜かされたことはありません。
そんな宮脇咲良に、総合プロデューサーの秋元康が目をつけました。これまでも、秋元康が目をつけたメンバーは、前田敦子や松井珠理奈、NMB48研究生の城恵理子など存在していますがその誰もがエースとしての道を歩んでいます。宮脇咲良が姉妹グループのメンバーであるにも拘らず、AKB48のシングル曲センターに抜擢されたのも、秋元康に気に入られたからなのでしょうか?秋元康が目をつけた理由は、宮脇咲良の〝素直で真面目なところ〟のようです。彼女の持つ、その内面が伝わったきっかけとは何なのでしょうか…?


AKB48紅白歌合戦!

AKB48 紅白対抗歌合戦 [ AKB48 ]
価格:4609円(税込、送料無料)

注目されるきっかけになった〝震災〟に関わるある投稿…?

HKT48が結成されて間もない頃、まだデビューシングルを発売するもっと前の話。宮脇咲良は被災地に対するある思いをGoogle+上で綴った内容が大きな反響を呼びました。その内容とは、震災が起きた当時、鹿児島で暮らしていた宮脇が思ったことや感じたこと、ただ〝生きていて欲しい〟と願ってやまなかったこと、AKB48グループの震災復興にかける気持ちを代弁した内容が〝素直〟に綴られていました。この文章、難しいことは一切書いていません。でも、14歳の一人の女の子が見た目線そのままのことが書かれているので、読んでいる私たちにとっても気持ちが非常に伝わる文面になっていたのです。

秋元康が涙をながした、ある投稿とは…?

宮脇咲良は3月末に被災地訪問をしたのですが、この時の様子をGoogle+で次のように綴っていました。

ー『初め、被災地訪問に行くと知らされた時、少し不安がありました。3.11の震災復興支援特別公演で自分の出来ることを精一杯しようときめたのに、やっぱりいざ行くとなると私なんかが大丈夫かな…と。でも元気や勇気を届けにいくのに、不安そうな顔をしたら行く意味がない! 心に決めて被災地訪問に行きました。』

『被災地に行くと、小さな子供達からご年配の方まで、たくさんの方が笑顔で待っていてくれました。本当に短い時間でしたが、見ていて下さった方は皆心から楽しんでいる表現をしていました。最後に握手会を開いた時「頑張ってね! 」「応援してます!」と応援の言葉をたくさん頂きました。私の思っているより被災地の皆さんは前を向いていました。』

『だけど心の片隅に隠してはいるけど、消えることのない深い傷跡が日本人にはあると思います。私達は歌って踊って笑顔と勇気を届け、そのキズを出来るだけ癒し、一日も早い復興を目指すと決めました。誰かのためになるなら、ステージがある限り私は歌い躍り続けます。そして私達の握手会が終わりバスに乗り込もうとした時、「息子の為に1本でもいいのでお線香をあげてもらえますか?」。ある女性の方が声をかけて下さいました。女性の方から、本当に一生のお願いだからと必死に頼まれました。私達に少しでも出来ることがあるなら…と思い仮設住宅に向かうと、一番最初に思ったのは狭いということです。広さ的には大体独り暮らしの部屋ぐらい。その部屋には4人で生活していて、そんな不便なところに一年も住んでいる人が今もいるのです。お部屋の中には犬が1匹がいました。女性の方は大事そうに犬を抱き抱えて「唯一、家から持ってきた荷物なんです」と笑顔で言っていました。津波で家は流され、息子さんも流され亡くなられたと話して下さいました。息子さんは私と同い年で、AKB48さんの大ファンだったそうです。仏壇には息子さんの写真とAKB48の下敷きが置いてあり、私達は下敷きにサインをしました。サインを書きながらふと女性の方を見ると「亡くなってもこうやって親切にしてもらって幸せだね~」と写真に向かって笑いながら泣いていました。「ずーっとずーっとAKB、AKBってうるさくてねー下敷きとかグッズを集めてねー。まぁ、全部流されてしまったけどね!」。女性の方は、話しているときずーっと笑顔でした。話を聞いて私達が泣いていると励まして下さいました。本当は私達が元気を届けないといけないのに、逆に笑顔を貰ってしまいました。その後、津波の被害を受けた場所に行きました。本当に何もなかった。住宅街だったその場所は、あと影もなくただの原っぱにしか見えませんでした。原っぱの中心に小さな丘のようなところがあって、そこには震災の一日も早い復興を祈願する場所がありました。その丘から周りを見渡しても、空襲があったんじゃないかと思うぐらい何もなかったです。何も。私が被災地に行って学んだことは書ききれないぐらいたくさんあります。そして、気付いたことがあります。きっとガラスが飛び散っただけだと思いますが、土はきらきらしてました。津波によってたくさんの命を奪い、たくさんの人を悲しませましたが、海はきらきらしてました。心のどこかに深いキズがあるんだろうと思いますが、皆の笑顔、瞳はきらきらしてました。被災地はきらきらしてました。今被災地は復興に向かって、一歩一歩ゆっくりですが確実に進んでいます。明日からの一日一日を大切に一生懸命悔いのないように生きていきます。被災地の一日でも早い復興をお祈りします』ー

この投稿を見た多くのファンの中に、彼女の思いに感動し涙を流した人もいるといいます。ですが、涙を流したのはファンだけではありませんでした。なんと、秋元康もこの投稿を読んで涙を流したのです。

『AKB48を作って本当によかったと思う。初めてのことばかりで迷走したり、闘ったり反省したり、奮起したり…いろいろあったが、どんなに苦しくてもAKB48をあきらめなくてよかった。』
『「誰かのために」という歌を作った時、アイドルのくせにメッセージソングかよと馬鹿にされた。馬鹿にされてもいい。アイドルはアイドルなりにメッセージしよう。でも、AKB48の思いは少しずつちゃんと届いていたのだ。宮脇咲良たちの世代が歌い継いで欲しい。また、次の世代も。僕たちには僕たちのやり方で誰かのためになろう』

48グループで無名の宮脇咲良が、あの秋元康の涙を誘ったことは瞬く間にファンの間でも広まり、総選挙で突然のランクインを果たしたのもこの一件がきっかけになっていると言われています。
秋元康の心をも動かした宮脇咲良…彼女の今後の活躍に期待が高まります。

 


AKB48グループ東京ドームコンサート 〜するなよ?するなよ? 絶対卒業発表するなよ?〜


コメントは受け付けていません。