渡辺麻友にとって渡り廊下走り隊は不必要になった?その理由とは

2014年の第6回選抜総選挙にて悲願の一位を獲得し、誰もが認めるAKB4の現エース•渡辺麻友。彼女はAKB48加入時からチームBのセンターポジションに立ち、弱冠13歳ながらセンターとしての責任感を持っていたプロ意識の高いメンバーです。シングル曲•真夏のSounds good!では当時の絶対的エース•前田敦子とペアでダンスを踊り、PV内では若手メンバー組のトップに立ち、その様子はまさに彼女の〝次期センター〟を示唆した作品になっていました。
渡辺麻友を語る上で欠かせないのは、彼女が参加していた派生ユニット•渡り廊下走り隊の存在。惜しくも2014年に解散したため今となっては幻のユニットになったわけですが、解散に至るまで渡り廊下走り隊としての活動は限界に経ってしていたといいます。それは一体どういうことなのでしょうか?


AKB48紅白歌合戦!

AKB48 紅白対抗歌合戦 [ AKB48 ]
価格:4609円(税込、送料無料)

〝妹系ユニット〟の代表格となった渡り廊下走り隊

渡り廊下走り隊は当初、チームB所属の渡辺麻友•仲川遥香•多田愛佳•平嶋夏海の4名で結成されました。当時は全員はばらばらの事務所に所属していましたが、のちに全員がプロダクション尾木へ所属することになります。
当時のAKB48はチームA•チームK•チームBの3チーム制になっており、それぞれが加入順の1期生•2期生•3期生を中心に所属していました。1期生•2期生は4ヶ月ほどしか経歴が違わず、3期生だけが1年ほど離れて加入しており、渡辺麻友たちが所属していたチームBは〝妹系〟の印象が非常に強いものでした。1期生は、観客が7名しかいなかったほどの過疎っぷり(言葉悪くてすみません…)を経験していますし、2期生は1期生との比較でファンからバッシングを受けるなど想像以上の苦労を経験し、AKB48を軌道に乗せました。渡辺麻友ら3期生が加入する頃にはAKB48も人気が出始めたころなので、一部のファンの間では〝苦労知らず〟〝人気に乗っかったメンバーたち〟という印象を持たれていました。それもそのはず、加入後チームB候補生となった16名のうち4名が、劇場デビューを前に活動辞退していたのです。急遽、当時のチームAから浦野一美•平嶋夏海•渡辺志穂を〝異動〟させることでチームBを誕生させることができたのですが…
なんでも、当時の3期生たちの態度には問題がたくさんあったようです。実質上のリーダーだった最年長の浦野一美が、当時小学生の多田愛佳に〝逆呼び出し〟を喰らわされるし、話は聞かない、集中力がない…など散々だったようです。結果的に、浦野一美の尽力によりメンバーは成長し、チームは一つにまとまりました。
そこで、チームBメンバーから派生ユニットが結成されることになったのです。そのユニット名•渡り廊下走り隊は、かつて秋元康がプロデュースしたアイドル•おニャン子クラブの派生ユニット、うしろ髪ひかれ隊の〝妹分〟としてその名がつけられました。AKB48とは違い、渡り廊下走り隊はおニャン子クラブの影響を強く受けており、メンバー全員がプロダクション尾木に所属しているのも、うしろ髪ひかれ隊のメンバーと共通しています。
そして渡り廊下走り隊の印象は何と言っても〝清純派アイドル〟といったところ。もちろんAKB48も清純派ではありますが、その当時から〝反抗〟〝いじめ〟などの重いイメージを持つ楽曲を歌っていたことから、渡り廊下走り隊はまさに〝アイドルの中のアイドル〟〝正統派アイドル〟〝アイドルの王道〟というイメージでデビューを飾りました。
最初は4名で結成した渡り廊下走り隊も、のちに元3期生で7期生としてAKB48に復帰した菊地あやかが加入。さらに7期生の岩佐美咲、小森美果(すべてプロダクション尾木所属)が加わることで〝渡り廊下走り隊7〟としてユニットは発展して行きました。

活動に限界を感じた、その理由とは?

渡り廊下走り隊7の活動に歯止めがかかるきっかけとなったのが、オリジナルメンバーである平嶋夏海の活動辞退です。彼女が活動辞退となった理由は他でもない、一般男性とのスキャンダルが原因でした。AKB48においては数少ない1期生、渡り廊下走り隊においてはメンバーのお姉さん的存在であった彼女。もっとも、スキャンダルを誰よりも嫌う渡辺麻友にとっては許し難い出来事だったのです。
そして平嶋夏海の抜けた穴を埋める〝暫定メンバー〟として、浦野一美が指名されました。浦野一美はすでにSDN48を卒業し48グループには在籍していないはずの存在。ですが、年齢的な問題を除いては、彼女のアイドルとしての能力は高く、かつてのチームA、チームB、そしてSDN48の立ち上げにそれぞれ関わった人物で、グループの再生に必要な力を持っているのです。メンバーからは、最初反対とも取れる反応もありましたが、結果平嶋夏海と浦野一美が入れ替わる形で渡り廊下走り隊7は再び走り出すことになったのです。…なるはずでした。
このころ、渡り廊下走り隊7の中心にいた渡辺麻友は、ソロ歌手としてもデビューしており、多くの歌番組に出演するなど、活動は順調な滑り出しでした。そして48グループサイドでも大きな動きがあり、メンバーの仲川遥香は海外のJKT48へ移籍、多田愛佳はHKT48へ移籍、さらには小森美果のグループ卒業•芸能界引退することに。岩佐美咲は演歌歌手を志し、プロダクション尾木から長良プロダクションへ事務所を移籍していました。
このことでメンバーが東京に集まって活動することが困難になり、渡り廊下走り隊7の解散に大きく影響したと言われました。初めは不仲説も囁かれましたが、これについては公式でも否定。解散のはっきりとした理由はわかりませんが、彼女たちは20歳前後と年齢も上がり、もともとの〝妹系〟の雰囲気を出すのには限界があったように感じます。なにより、彼女たちが渡り廊下走り隊を続ける必要もなかったのでしょう。

渡辺麻友に至っては、派生ユニットではなく、もはや48グループのセンター。彼女の売りにしていたロリっぽさやオタクキャラは払い捨てて、グループの顔として万人受けするイメージを作らなくてはならなかったはずです。そういう意味では、渡辺麻友が渡り廊下走り隊7で出来ることはもうなかったと言っても良いでしょう。
とはいえ、今でも復活の声が挙がる渡り廊下走り隊7。あのメンバーで、もういちど歌っている姿が見たい…!という人は、毎年恒例のリクエストアワーでの楽曲投票に参加してみると良いでしょう。もしかすると、ランクイン次第では一夜限り、復活するかもしれませんよ…?

 

 


AKB48グループ東京ドームコンサート 〜するなよ?するなよ? 絶対卒業発表するなよ?〜


コメントは受け付けていません。