永遠の次世代エース?!北原里英の選ぶ道

AKB48の第5期生であり、現横山チームKの副キャプテン•北原里英。かつては選抜常連組であり、バラエティー番組やドラマでの活躍も見せ一般層の知名度もそこそこである彼女は、「永遠の次世代エース」と自称しています。

AKB48グループにおいて「次世代」「エース」というキーワードは常に存在しているものです。

例えば、前田敦子が在籍していた当時を「第一章」、前田敦子が卒業してからを「第二章」と公式でも言われていますが、この第二章が始まる時に次世代エースと持ち上げられたのが、現在の渡辺麻友や松井珠理奈です。

ですが、この第二章が始まる前、もっともっと前には次世代エースに北原里英の名前が挙がっていたのも事実です。本人でさえも理解しているのに、どうして“永遠”のままなのでしょうか…?


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北原里英は“粒ぞろい”の第5期生

北原里英は2007年、AKB48第2回研究生オーディションに合格して研究生としてAKB48に加入しました。AKB48は第3期生までは無条件で正規メンバーからのスタートになっていましたが、第4期生からは皆研究生からのスタートです。

当時のAKB48は3チーム制だったので、仕方なしと言われればそれまでです。ところが、この5期生。北原里英の他にも、同期の面子がすごい!

今やバラエティー番組に引っ張りだこで総選挙1位にまでのぼり詰めた指原莉乃や、同期の中で正規メンバー昇格が最も早く、かつての選抜常連組であった宮崎美穂など、一般層でも知名度のあるメンバーが揃っているのです。

もちろん、これらは劇場デビューや正規メンバー昇格を経て成功した彼女たちの軌跡なのですが、それ以前にファンの間では粒ぞろいの第5期生と言われていました。

北原里英は劇場公演デビューから4ヶ月後の2008年7月、同期の中では2番目に早く正規メンバーへ昇格を果たしました。

配属先は、前田敦子や高橋みなみ、当時在籍していた大島麻衣などが所属する初代チームA。第1期生が中心となってはいますが、AKB48の顔と言われるチームAに所属した彼女は、2008年10月発売•10枚目のシングル「大声ダイヤモンド」でシングル初選抜。

以後、2010年発売18枚目のシングル「biginner」まで連続で選抜メンバーに選ばれるという、いわゆる選抜常連組の仲間入りを果たしたのです。第1回選抜総選挙では13位、その後16位➡︎13位➡︎13位➡︎21位➡︎19位と選抜総選挙でも強いように、着実にファンを増やしていきました。

また、同期の指原莉乃や宮崎美穂とシングル選抜の時期は同じだったものの、2人は途中で選抜漏れをしており、彼女だけが唯一選抜メンバーに残り続けていたことから、確実に同期の中でもエース格でした。

2009年のコンサート、満席祭り希望では指原莉乃と共に大手芸能事務所•太田プロダクションの移籍オファーがありましたが、太田プロダクションはAKB48の絶対的エース前田敦子や大島優子、当時の選抜常連組の元メンバー小野恵令奈が所属しており、ますます“次世代エース”へのレールが敷かれたわけです。

同期•指原莉乃が逆転?!見えなくなった次世代エース

同期であり、同じ地方出身であった指原莉乃とはお互いをあわせて“りのりえ”と呼ぶなど自他ともに認める親友となりました。

同じ事務所にも所属し、バラエティー番組でもセットで出演するなど運営側からのプッシュが半端なかったのは2010年頃でした。ところが、2010年の日本テレビ系24時間テレビで指原莉乃の「さしこ改名騒動」やバラエティー番組でのヘタレキャラが注目され、指原莉乃の知名度がグッと上昇し始めました。

同じように推されてきてて、もっと言えば指原莉乃よりも選抜経験が多い北原里英にとっては彼女との差が逆転してしまうことを不安に思うところもあったのではないでしょうか。

次世代エースが続々と増える中で北原里英の立ち位置とは…?

そして2012年3月、前田敦子がAKB48の卒業を発表し、今後AKB48のセンターは誰になるのか、ファンの間で注目が集まりました。

これまで前田敦子が絶対的エースとされていたため、次世代のエース候補と呼ばれる存在は一人に絞られなかったのです。当時の北原里英も、シングル選抜には絶対欠かさないメンバーでしたが、センター経験は劇場公演の「ロッカールームボーイ」のみであり、基本的には超選抜の中でも後列が多かったのは事実。

かつて呼ばれていた“次世代エース”には、渡辺麻友や松井珠理奈、島崎遥香など続々と名前が挙がっていきました。これがAKB48の残酷なところで、常に新しいメンバーを迎えている中でさらなる逸材が見つかった場合、在籍年数に関わらず推されコースに入っていくのです。

ファン人気だけではなく、運営推しは次世代エースにとって絶対条件。北原里英はファンが減らずとも運営推しからはどんどん外れて行ったのです…。

名古屋で待ち構えていた厳しい洗礼

そんななか、北原里英にもついにシングル選抜でフロントメンバーに選ばれる機会が与えられたのです。それは、2012年に発表されたSKE48の期間限定での兼任です。

今でこそ当たり前に存在する兼任制度も当時は初めての試み。ところがSKE48は他の48グループと違い、特にファンが“新しいものを受け付けない”というような保守的なタイプが多く、兼任後劇場出演の少ない北原里英がSKE48の11枚目シングル「チョコの奴隷」でフロントメンバーを務めるのがファンの癇に障ったのでしょう。

北原里英へのバッシングが止まりませんでした。自分たちが決めたわけでもなく、SKE48のメンバーに認められる努力をしてきているのに悲しい現実。

彼女も、この時ほどアンチに悩まされたことはないでしょう。彼女の努力でSKE48のメンバーに認められつつあった中、兼任期間はあっけなく終了。

真面目な性格の彼女はまだまだやりたい気持ちもあり悔しい思いをしたはずですが、この時の努力が今のメンバーやファン、運営の信頼度をあげました。ファンが減らないのもこのことがあるからかもしれません。

【自分で見つけた、自分の立ち位置とは?】
第6回選抜総選挙後のシングル「希望的リフレイン」では選抜漏れをしてしまいました。この選抜メンバーは32名と多く、かつての選抜常連組であった北原里英にとって、ここに名を連ねなければ正直自身の立場も危うい。

ところが、彼女はその後の対談で「私の事よりも三銃士の二人(岡田奈々•西野未姫)が心配」と、次世代メンバーの選抜漏れを心配する発言をしたのです。自身の選抜へのこだわりはなくなったのか…?ここで一人思い出すのが秋元才加の存在。

かつての彼女も、デビューから選抜常連組であったにもかかわらず徐々に外されるように。ところが、彼女はチームのキャプテンや派生ユニットでデビューするなどAKB48内での自分の立ち位置を確立し、ソロでメディアに登場する機会も増えていきました。

彼女は、AKB48の楽曲と自分のキャラクターが合わないからシングル選抜に選ばれなくなったと自覚していたのです。でも、仕事は多い。シングル選抜以外でも活躍の機会を増やすことができると証明したメンバーは秋元才加以外にもいますが、きっと今の北原里英が考える自分の立ち位置もこれに近いものがあるのでは…?と考えさせられます。

AKB48を卒業したことを考えると、ただシングル選抜に選ばれるだけでは芸能界で生き残っていけない。これからは後輩育成に力を入れるのか?選抜復帰を目指すのか?卒業に向けて動き始めるのか…?今後の動向に、注目です!


AKB48グループ東京ドームコンサート 〜するなよ?するなよ? 絶対卒業発表するなよ?〜


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